2009年1月アーカイブ



良書。家計の財務諸表を作成して財産管理しよう、って内容の本。

確かに、普通の家計簿ってただのCSだもんね。そしてCSはフローの概念なので、ストックがどうなってるか全然把握できない。(例えば、住宅の価値とか住宅ローンはどうなってるの、ってことが把握できない)。BSの概念は、家計にもすぐ適用可能。でも、 じゃぁPLは?家計の場合、生産活動をおこなっていないので(商売していないので)、PLはどうなるんだろう、って思ったけど、本書ではPLに対応する表を「財産増減表」と呼んでいた。で、この「財産増減表」というのは、家計簿(CS)を完全に内包する表(∵現金も財産の一つだから)。だから、後述するように、CSはつくる必要はないかな。

我が家のBSを作ってみたら、純資産はプラスで、自己資本比率は11%くらいだった。数字の良し悪しはわからないとしても、とりあえずプラスでよかったー・・・・と思ったけど、でもよく考えると、家計の場合、企業と違って儲けることが目的ではないし、短期的に利益を出さないといけないってプレッシャーもないので、別に債務超過状態でも、家計の場合は問題ないはずだよなぁ、って。要は、死ぬ直前にプラスに転じて債務超過を脱出できればいいわけだから。そうなるような人生設計があれば、債務超過でも問題ないはず。でも、自分はちゃんと純資産がプラスでよかった、よかった。

で、家計簿=CSだけど、BSとPLだけつけておけば、事実上問題ないはず。企業活動は売掛金とか買掛金とかのせいで取引のタイミングと、実際のキャッシュが動くタイミングが違うからこそ、CS管理が重要。だけど、家計の場合、キャッシュの動きと取引のタイミングは、ほとんど同じ。唯一違うとしたら、クレジットカードを利用したときだが、資産総額に比べたら、誤差みたいな額でしかないので、そこまで込み入ってBSの負債の部&CSを作成管理するほうがコスト大。とはいえ、毎月のお金の出入りの記録をつけるのは簡単なことなので、CS(家計簿)作成は、やるべきだと思うが。

よく知らないけど、ファイナンシャルプランナーって、こういう発想の勉強するのかしら?

by the way, 同じ著者が書いたこれも激おすすめ。

経済学勉強するより、財務諸表読めることのほうがよっぽど重要。

(追記)
実際には、家計簿(CS)と、財産簿(BS)だけつけてれば十分かな。財産増減表(PL)をつけずとも、「住宅ローン残高証明」みたいな書類が銀行から毎年送られてくるし、住宅と車の残存価値はざっくり簡単に計算できるし。となれば、BSの借方で流動資産がどうなっているか、BS作成時に実際の数字を(時価で)入れればいいだけ。どうせ完璧に家計簿(CS)や財産増減表(PL)はつけられないのだから。繰り返しになるが、毎月、お金を使いすぎたかどうかだけをみるために、家計簿(CS)を作る必要はあるけれど。


第5章 バブル崩壊1―サブプライムショック
2007年8月のサブプライムショックの説明。あまり面白くないので、スルー。


第6章 バブル崩壊2―世界同時暴落スパイラル

サブプライムショックから、2008年3月のベアスターンズ破綻くらいまでの話。面白くないので、スルー。


第7章 バブルの本質
タイトルにも使われている「バブル」という言葉の厳密な定義が、為されないままここまできてしまった。


第8章 キャンサーキャピタリズムの発現―二一世紀型バブルの恐怖

20世紀型のバブルは、発生メカニズムがなかったが、21世紀型は、発生メカニズムがある、と著者は主張する。リスクテイクバブルは、構造的な市場に組み込まれていたのだ、と。著者の分類によれば、21世紀型バブルにあてはまるのは、97年アジア危機、新興国バブル、サブプライム、金融工学バブルなど。20世紀型は、日本で起きたIPOバブルや分割バブル、チューリップバブル。

ん?何を言っているんだ?LTCMの例で、

極めて小さな理論価格からのずれを発見する必要があった
(p235)

と書いているが、理論価格からのずれが「極めて小さい」のであれば、バブルではないじゃん。
それを金融工学バブル、と呼ぶところに違和感を感じる。バブルという言葉をちゃんと定義しないから、そうなるんだと思う。

あと、以下も疑問に思った。

今後、多くの識者の議論の反して、実体経済が相対的に力を持つようになり、金融資本の影響力は低下することになる可能性がある。原油高、資源高、穀物高によるインフレ危機が騒がれているが、これはモノの値段があがっているのではなく、お金の価値が下がっているのである。これこそ、実体そのものである資源や穀物と、マネーとの価値の逆転現象であり、金融資本の低下、衰退を示している。これがさらに進めば、実体経済と金融資本との主客が再び逆転し、本来の姿に戻る可能性がある。そのときこと、本当にキャンサーキャピタリズムが決定的に崩壊し、病が完治するときである。
(p243-244)


なにこれ、よく意味が分からない。今の円高を、「円が高いんじゃない、ドルが安いんだ」と言っているのと同じに聞こえる。かっこよく言っているけど、こういう議論って、「太郎君は次郎君より10cm背が高い」を「いやいや、次郎君が、太郎君より背が10cm低いんだ」と言うのと同じこと。

三回にも分けて本書を取り上げたけど、それだけ読む価値がある、ということ。本書はリーマンショック以前の2008年8月出版。その後つづく金融危機については、著者のブログでいろいろ書かれている。

http://www.sugi-shun.com/mt/2006/05/post-216.html

それで、実際の為替は、以下。

2006年9月     118
2006年10月    116.82
2006年11月    115.55
2006年12月    119.02

注)各月の最終日の終値

全然あたってない。が、あたらなかった場合は、その後特に触れられない。もしこれがあたっていたら「予想的中」とか取り上げられていたはずだが。

予想があたった場合と外れた場合で、結果に対するスポットライトの当て方が同じではない。この点を念頭におく必要がある。そして、二人の予想屋がいて、一人は「円高になる」と言い、もう一人は「円安になる」と言えば、どちらかは必ずあたる。あたった方だけにスポットライトをあて続けたら、あたかも為替は予想可能かのように思えてしまうが、それは違う。
Ito and Sugiyama(2009)を最新データで追試してみた(データは、Robert Shillerのサイトからとった)。そしたらば、「金融危機で、市場は非効率的になっているはず」という素朴な予想は、大当たり。publishされて、良かった。けっこう、これreferする価値あると思うんだけど。この分野の大家のFama辺りにでも、メールしてみようか。

原論文では、1955.1-2006.2のデータしか使っていない。ので、2008.12まで使って追試してみた。新規情報は、たった3年弱。で、この3年弱の間で市場の効率性はどう変わったかというと、一気にinefficientな方向に向かったということが分かった。

百聞は一見にしかず、look at the following figure.



ito_sugiyama_2009_20090129.jpg



原論文のFigure2と比較すると、新規追加情報に対してカルマンスムーズングがどう反応していているのかを観察できて、面白い。ちなみに、カルマンスムージングでどれくらいの情報を実際の計算で使っているのかは、discussion paper versionでは言及したが、Economics Lettersの投稿規定(2000words以内)に引っかかったため、投稿時に、この点はカットした。あ、原論文、accepted versionをアップロードしといた。

このエントリーを書いてみておもったが、実証系の論文、どうせpublishされるまでにdataがoutdatedになるんだから、publishされるときに、最新のデータで追試した結果をブログなりで報告する義務を課してもいいと思う。それくらいしないと、経済学者は永遠に現実経済に追いつけないでしょ。
60分を10倍に生かすトップのための情報CDを、なんだかんだで毎月聴いているんだけど、今月のはすごい聞く価値のあるコンテンツが一つあって、それはこういう講演の録音だった。

「町工場が宇宙ビジネスに挑む」植松電機専務、植松努氏

たぶん、これ辺りと内容は同じだと思う。植松電機という会社は、北海道の中小企業(資本金1000万円、従業員10名)らしいが、この専務の話はかなり魅力的で、家路につく車の中で、聴き入ってしまった。へぇ、日本にこんな面白い人材がいたんだ。むっちゃこの人に興味あるわ。今後、要チェックや。

印象に残った言葉をメモ。(うるおぼえで、不正確かもしれない点、注意)

  • 「どうせ無理」という言葉をこの世からなくしたい
  • 産学官連携の正しいあり方は、産がチャレンジ・学が未来予想・官がチェック。現状は官がもってきた金にたかっているだけ。
  • 公のお金をもらうということは、「他の人ではなく、自分にこそよこせ」という態度だが、もらう人にそんな価値、あるの?
  • 世界初はいつも個人がやる。国は後追いしかできない。
  • 寝食忘れるほど好きなことをしてる自分が、一日8時間しか働かない人に負けるはずがない
  • 学費の肩代わりを企業が今していないのは、たいした教育が行われていないから。
  • 壊れないモノを作れるようになったら、いつか市場に行き渡る日がきて、売れなくなるという怖さがあった
  • 不景気=仕事がない=暇=研究開発をするチャンス

こんなところかな。いや、本当、表現とか不正確なので、正確に知りたい方は、このCDを自分で聴いてほしい。
思えば、わりとアカデミックな話題や、現実経済の動きとかについては書いてきたけど、仕事については、あんまり書いてこなかった。

というわけで、仕事日記(business diary)というカテゴリーを作成。社会人になって半年以上経って慣れてきたところだし。あまり詳しくは書けないだろうけど、仕事に対する価値観とかも書ければ。

研究業績は査読論文が一本か二本で終わってしまうけど、ビジネス業績はこんなもんではなく、もっともっと、優れたものを出したい。(ビジネス&アカデミズムの二束のわらじで、頑張ればまたEconomics Lettersくらいなら行けると思うんだけど、体力的にきついかな・・・)




その1の続き。いや、これ、本当にいい本だ。

第3章 リスクテイクバブルのメカニズム

サブプライムローン市場では、普通のファイナンス理論では説明ができない価格高騰が起こっていた。この状況を、著者は「リスクテイクバブル」と呼ぶ。リスクをとること(=risk take)に対する対価が、リターン、ということになる。価格高騰は、リターンの低下と同義。逆に言えば、ある一定のリターンに対するリスクとしては、サブプライムローン市場で売買されていた証券価格は、高すぎた(=高騰していた)、ということ。

どうしてそうなったのか?金融投資の素人が不勉強だったからだろうか?いや、違う。この状況をつくったのは、プロの投資家であるファンドマネージャーだ。では、なぜプロの投資家が合理的な判断を下せない状況になったか?というと、ちまちま運用すれば、「もっと儲けよ、さもなくば解約するぞ」と顧客から言われてしまう状況が理由。こうしてファンドマネージャーは過度にリスクをとりに行くインセンティブがあったと推察できる。この問題の背後には、ファンドの顧客とマネージャーの間に、ファンドマネージャーの真の能力をめぐる情報の非対称性があった。

この情報の非対称性の結果、ファンドマネージャー達は、「リスクを適正評価出来ないリスク」にされされた。もちろん、マーケット全体で見れば、way too much risk takingな状態になる。合成の誤謬。

よく考えると、消費の冷え込みが背景にはあったっぽい。消費しないから、過剰貯蓄で金余りの状態を生み出していた。その金の運用責任者としてのファンドマネージャーは、運用すべき資金をたっくさん持っていた。「金はいくらでもあるんだ」という状態だったのが、サブプライム問題が表面化するまでの数年の真実だったんだろう。




第4章 バブルの実態―上海発世界同時株安

2007年2月28日の世界同時株安。原因は、上海の暴落と伝えられたが、それは違うと著者は言う。真の原因は、米の暴落だった、と。ただ、「上海が犯人」という説が人々に信じられたので、その後、しばらく上海と他のマーケットのリンクが強まった。ウソから出た真ってこと。マーケットでは、何が真実かよりも、「みんなが何が真実だと思っているか」ということが重要。ケインズの美人投票理論ってこと。

円キャリーについても同じこと。実際、どれくらいの量の円キャリーが行われていたのかは、誰も知らない。知っている人いたら、教えて欲しいよ。でも、「円キャリーをやってる投資家がいる」と、多くの投資家が信じていたという点が重要。株安の局面で、円高も進行した。この円高、本当に「円キャリーを解消するための円買戻し」によるものだったかどうかは不明。でも、とにかく、円高が進む為替を見て、多くの投資家は、そうだと思って、世界中のリスクアセットマーケットから、資金が引き上げることを予想し、株を売りまくった。で、株安が進みまくった。でも、ひょっとしたら、この一連の動きは、円買いをしかけ、世界中の株式市場で空売りで大儲けしたファンドのせいかもしれない。
正直、初投稿で研究業績が出てしまって、驚いた。本当にかなり運も良かったんだと思ってる。で、acceptされた直後はすっごく嬉しかったんだけど、数日経った今、なんか、自然と猛烈な怒りがこみ上げてきた。

社会で普通に働きもしなければ、研究業績も出さない、そのくせ偉そうなことを言う学者って、いったい何なんですかね。僕なんて、社会で普通に働いているのに、研究業績も出したというのに。


ものすごく勉強になる。いつもだったら、本の紹介記事は一回書いておしまいだけど、この本は、複数回に分けて書こうと思う。昨今の金融危機について、今後の資本主義がどういう方向に向かうのかについて、自分自身の理解を深めるためにも、少し丁寧にこの本を扱おうと思う。なので、自分自身の勉強用のエントリーという性格が強くなることを、冒頭にstateしておく。

著者の主張を正確に知りたければ、本を読んでください。(読む価値は、十分あります。)

目次。

第1章 証券化の本質
第2章 リスクテイクバブルとは何か
第3章 リスクテイクバブルのメカニズム
第4章 バブルの実態―上海発世界同時株安
第5章 バブル崩壊1―サブプライムショック
第6章 バブル崩壊2―世界同時暴落スパイラル
第7章 バブルの本質
第8章 キャンサーキャピタリズムの発現―二一世紀型バブルの恐怖

とりあえず今日は、第一章と第二章について。

第一章 証券化の本質

まず、サブプライムローン問題の背後にあった、証券化というテクニックについての説明。証券化のプロセスの中で、リスクは小口化され、切り分けられ、純化された。それによって、投資家のリスク選好にあわせた形で金融商品をオーダーメイドできるようになった。中でも、特にリスクが低いところだけを集めて作られた証券は、トリプルAの格付けを得てもおかしくないものとなった(注:本当にトリプルAの実力があったかどうか、不明。ここで言いたいのは、サブプライムローンというジャンクが、証券化で、一部はジャンクではなくなった、ということを強調したいだけ)。ところが、ここが僕はサブプライム問題の肝だと理解しているんだけど、この格付け自体を、格付け会社が誤っていたのが大問題だったんじゃないか。いくらオーダーメイドで低リスクのところだけをかき集めてみたところで、それはトリプルAにはなりそうもない、せいぜいトリプルBくらいだったんじゃないか?格付け会社は、ここをミスジャッジしてしまった、というミスを犯したんじゃないかな。それについては、ここにも以前書いた。

さて、実は証券化の前後で、投資家がとるべきリスクに変化が生じた。証券化されたことで、リスクが、住宅という実体経済に関連するリスクから、証券という金融商品に関連するリスクに変質した、と。実際経済での「資産の収益性、将来得られるキャッシュフロー」に関するリスクが、流動性リスクに変質した、ということ。いったん、このようなリスクの変質が起こってしまえば、あとは株やら債券やら、通常の資本資産市場とまったく同じで、原資産がどうかなんて、どうでもよくなってくる。株と同じで「自分より高く買ってくれるバカ」がいればいいのであって、原資産(株の場合、発行体の業績、サブプライムの場合、サブプライムの借り手の置かれている状況)なんか、どうだってよくなる。この時点で、サブプライムローン市場でバブルが起こる背景が出来上がっている。せめて、格付け機関だけでも、原資産に基づいた格付けを行えていれば、まだ実体に基づいていただろうけど、上述した通り、それは叶わなかった。

第二章 リスクテイクバブルとは何か


さて、サブプライムローンでバブルが発生する下地が、証券化によって整った。で、このバブルがいかにして大きくなり、かつ、なぜ弾けなかったのか?についての考察が第二章。それは、「住宅価格が上昇し続けていたから」ということになる。じゃあ、なぜ住宅は上昇し続けたのか?それは、「サブプライムローンは、定義より、低所得者をマイホーム市場に参入させることになったが、それが、住宅需要を増やした」という事実が背後にある。マイホームを持てない低所得者に、マイホームを持たせてあげる支援をしているのだ、ということになり、すばらしい事にも見えた。サブプライムの借り手が破産するなりして、住宅需要が減るようなことになると、バブルを支える住宅価格の上昇がストップしてしまうので、彼らの破産を予防し支援するインセンティブも、ステークスホルダーにはあった。こうして、サブプライムローン市場では、バブルが大きくなるようなメカニズムが、内包されていたのだ。

・・・と、とりあえず、今日はここまで。あれ、小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記ってTB受け付けていないんかいな。。。


俺の怒りが通じたのかw、ようやく査読結果が返ってきて、無事accept。Economics LettersのEditorがこのブログを読んでいるんじゃないか、と思ってしまうほどの、このタイミング。

というわけで、ささやかながら、経済学界に貢献することが出来ました。

Ito, M., and S. Sugiyama, 2009. "Measuring the Degree of Time Varying Market Inefficiency," Economics Letters, forthcoming.

まぁ、またいろいろと思ったことを追々書いてみます。論文の最終ヴァージョンも、そのうちアップロードします。


昔聞いたことあるような気もするが・・・

http://d.hatena.ne.jp/nightshift/20090121/1232521713

すごい知識。めっちゃ得したわ。
いつになったら僕の論文はジャーナルに載るんだ。遅すぎる。いい加減、腹が立ってきた。

Market fficicencyの論文は、2007年12月に初投稿し、査読結果が返ってきたのが2008年11月。結果はrevise要求だったので、reviseして2008年12月に再投稿。また1年くらい待たされるんだろうか?

C-CAPMの論文は、2008年の夏くらいに初投稿して、こっちは割りとはやく査読結果がきて、やっぱりrevise要求がきたので再投稿したのが2008年12月。こっちはまだ早そうだけど、それでも数ヶ月は待たされるんだろうか?(ちなみに、こっちは、共同研究者のNodaさんにおんぶにだっこ状態です、thanks....)

これらの論文がジャーナルに載って他の経済学者の目に触れる頃には、これら論文で使っているデータは相当古いものになっているわけ。スピード感、無さ過ぎ。こんなんでは、経済学者は現実経済には一生追いつけない。ジャーナルに載っている最新の論文は、数年前のデータまでしか使っていないんだから。社会人になってから、大学院にいた頃より、はるかに現実経済に目を向けるようになった。

大学院時代にやっていた論文を書くって作業は、たっぷり時間をつかって100点狙いにいく感じだったけど、社会人になって仕事をするってのは、短時間で80点の解答を作成する感じ。100点狙っていたら、日々の変動から置いていかれてしまう。基本的なmindを根本的に変えないと、いかんなー、とか思う。どうも、時間をたっぷり使って100点狙いにいく態度が染み付いている模様。
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20090117AT2M1604016012009.html

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20090114/182656/

米国の消費者物価指数(consumer price index, CPI)の2008年12月の値は、210.228という発表が。あぁ、低いね。前年同月比で、約0.1%しか物価上昇しなかった。いよいよデフレに突入する日が近い。今月のCPIは来月中旬に発表されるが、多分、マイナスに転じるだろう。

じゃぁ、米デフレが為替と貿易及ぼす影響は?もし日本が今後物価上昇率が0以上だと仮定しよう。さらに、実質為替レートも一定と仮定すれば、米デフレは円安圧力をもたらす。ちなみに、「実質為替レートが一定」≒「日米の実態経済の力関係が一定」という感じなのだが、この仮定の妥当性は自信がない。

で、仮に、実質為替レートが一定ではなかったとしよう。米デフレにも関わらず、円安圧力に負けない、なんらかの力が働いて、名目為替レートが、さほど変化しなかったとしよう。とすると、これは実質為替レートでみたときには、円高を意味するので、輸出産業はつらくなる。日本は貿易黒字国なので、日本の景気には逆風となる。

ちなみに、来週は20日にオバマ大統領就任のご祝儀相場で、若干円安になるのかな。で、あとは日々のニュースで為替が一喜一憂する日々が続きそう。

まぁいろいろ書いたけど、あんまり自信はないな。不確実な仮定が多すぎる。「AならばB」が正しい論理としても、「Aである」が言えなければ、何も言えないから。


cf)
http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/01/10/risks-of-deflation-wonkish-but-important/

http://krugman.blogs.nytimes.com/2009/01/16/the-tips-spread/

http://gregmankiw.blogspot.com/2008/12/deflation-alert.html
2008.5.16(fri), 17(sat)

ペルーのとあるレストランで、Zoujirushi製のポッドを発見。他にも、Mitsubishi fusou, Panasonic, Sonyなども南米で見た。MADE IN JAPAN。日本のもの作り、すごい。

いよいよ南米ペルーをおさらば。大西洋を渡り、ヨーロッパはスペインへ!バルセロナが目的地なので、バルセロナFCのロナウジーニョのユニフォームを着て南米を出発♪ところが、飛行機は、マドリード経由だった!マドリードの空港で、ロナウジーニョのユニフォームを着てウロウロするハメに。怖いので、上着で気持ち、隠す。バルセロナで妻の友達に「おまえ、そのユニフォームでマドリード着いたのか」と驚かれる。なんか、KYな日本人って雰囲気になったけど、いや、だから、知らなかったんだって。

ヨーロッパに到着したとき、「あぁ、やっぱり発展途上国って安全な感じがするなー」って思った。スペインは、ヨーロッパ先進国の中では比較的、治安が悪い、とか地球の歩き方には書いてあったけど、南米に比べたら、ぜんぜん。


2008.5.18(sun)

バルセロナ市内を観光。ガウディー建築などを。サグラダファミリアとか。すごい建築物。形がわけわからない。アーティストとして生きていきたい人は、バルサを一回訪れるといいと思う。
金融商品価格は、情報に反応する。情報は予測できないので、金融商品価格も予測できない。しかし、過去にどんな情報があったのかは、知ることが出来る。だから、過去の変動は説明することができる。


効率的市場仮説によれば、「利用可能な情報は直ちに、すべて、価格に反映される」。この仮説が真ならば、将来予測に関連する情報も、価格に反映されているはず。つまり、将来の価格は、予測不可能な情報のみに反応するはず。「どうやら、日銀は利下げしそうだ」という将来予測に関する情報がマーケットに流れていれば、この情報は価格に反映されているはず。「日銀の利下げにびっくりして、マーケットがすごく反応した」ということは、「日銀の利下げ」は予期せざる情報だった、ということ(日銀の金融政策運用能力が疑問視されていることの証になってしまう)。

Robert Hall(1978)の「消費のランダムウォーク仮説」のロジックと、どこか似ている。
債券買うときって、まったく同じ条件でも、証券会社によって価格がけっこう違うんですね。(発行体も、残存期間もまったく同じなのに、ということ)。某債券価格を比較してみたら、1円以上違った。額がでかいんで、この違いはけっこう大きい。

あと、クーポンを日割り計算するときって、365じゃなくって、360で割って計算するんですね。これも知らなかった。ためしに365で割ってみたら数字が合わなくって知ることとなりました。

現実経済でプレーヤーとして活動し、たまに金融実務家と話もしたりしていると、毎日毎日、知らないことばかりで刺激的っす。
世の中、いろいろな情報があって中にはガセネタだってまぎれている。投資するときに収集する情報だって、すべてが正しいとは限らない。というか、信頼性が無い情報ばっかりかもしれない。

今日聞いた話では、某金融機関は、今年終わりの為替レートは110円くらいに戻るだろう、という見方を示していたらしい。昨日聞いた別の某金融機関の投資戦略レポートでは、イメージとして、今年後半は円高にむかうでしょう、という見方を示していた。どっちだよ。うーん、どっちでもいいや、どうせ効率的市場仮説が真ならば、為替の予測は不可能なんだし。いやいや、でも大手金融機関が時間と労力を頭脳を結集して作った予想なんだから、それなりに信頼あるっしょ、という気もする。どっちだよ。

このブログで「今年は97~98円くらい周辺をうろうろするでしょ」と言ってみたところで、この情報だって正しいかどうか分からない。もし当たったときは、大声で「俺、為替の予想あたったよ」と自慢する。他方、外れたら、ひっそりとしていて、目立たないようにする。

別に僕に限らず、世の中のたくさんの予想屋も僕と同じ態度をとる。結果、為替の予想は不可能ではないような印象を持つ。(当たっている人ばっかりにスポットライトがあたるというバイアスのせいで)。それで、自分にも出来るのでは?と思う人がいる。その人が為替で一儲けしようと、マーケットに参加したとしよう。で、負けちゃうわけ。「やっぱり、市場を打ち負かすのは無理」と思って、もうマーケットに復帰してこない。すると、マーケットでは「一生懸命勝とうとする参加者」が減る。結果、荒稼ぎする余地が少し生まれる。その余地を見逃さないチャッカリ者は絶対にいる。すぐに「その余地」は消滅する。こうして、市場は効率的な状態に復帰する。すると、「やっぱ、為替で儲けるの、無理っす」と感じる人が増え、一生懸命情報を分析する参加者が減る。結果、一生懸命情報を分析した人には、荒稼ぎする余地が少し生まれる。その余地を見逃さないチャッカリ(以下、略、というか無限ループ突入)。

これは、市場の効率性は、高いときもあれば低いときもあるのだ、ということの雑談レベルの、一つの説明。効率的市場仮説は、みんなが信じれば成立しなくなり、みんなが信じないと成立する、という不思議な仮説なのです。

世の中にあるどの情報が正しく、どれが間違ったノイズなのか?区別は困難。市場の効率性の度合いが変化する背後には、情報とノイズの流通量も変化しているんじゃないか。と、いい加減なことを言ってみる。

しっかし、いま資産運用するのはしんどいっすね・・・。
今の1ドル90円は、やっぱりちょっと円高過ぎると思う。もうちょっとの円安が、あるべき水準だと思う。で、物価水準やら金利差とかを考慮に入れて、自分なりに適正レートを計算してみたら、97~98円くらいという結果になった。

榊原英資氏は、2008年03月27日付けのこの記事で、「1ドル90円でも円高ではない」、と述べている。また先週の京都で行われた新春経済講演会で、伊藤元重先生も「今の1ドル90円が円高なのではなく、いままでが超円安だった。また円安水準に戻るだろう、という前提で経営をしてはいけない」と述べていた。

僕も、こんなことを書いた。一言で言えば、「2008年中には再び1ドル100円を切り、3年以内に90円くらいまでいくんじゃないか」ってことだった。別になんてことはない、PPP理論に基づいてみると、円は安すぎるなー、って感じただけで、それを適当に書きなぐっただけ。当時はアメリカは順調に物価があがっていたし、円高トレンドはしばらく続くんだろうな、って思っていた。

「1ドル90円でも円高ではない」という主張の基本的な考え方は、こう。10年前と今を比べると、日本では物価水準はほぼ変わっていない。他方、アメリカでは物価は30%上昇した。10年前は、だいたい1ドル120円だった。120/1.3=90円である。だから、1ドル90円は、別に円高ではない。むしろ、いままでの数年間の100~120円くらいのレートが、超円安の円安バブルだったのだ。その円安バブルを生んだのは、日本の超低金利による円キャリートレードである。いまの90円は、円安バブルがはじけただけってこと。

・・・さて、これ、一見もっともらしいし、榊原英資&伊藤元重というビッグネームのお墨付きでもある。でも、僕なりに考えてみた結果(そのロジックは省略)、冒頭に述べたように、やっぱり今の90円は円高だと感じる。97~98円あたりが、今の時点での適正レートだと思う。

いま、日米金利差は解消されたので、中期的には円高トレンドも円安トレンドもない。さらにアメリカでもデフレリスクにされされそうなので(Krugman, Mankiw)、長期的にも円高トレンドも、円安トレンドは無いはず、というのが、現時点での合理的予想。というわけで、今年は現在の90円から、97~98円くらいに向かって、ちょっと円安にふれるんじゃないかな、というのが今のところの僕のビュー。

短期的に到来した日米金利差解消に伴って、円安圧力が円高圧力にあっという間に変わった際、物価水準でみた場合の「あるべきレート」である円高方向に為替が動いたはいいが、「あるべきレート」である97~98円を飛び越えて、90円までいっちゃった、というのが僕の考え。なぜ非合理なレートまでいってしまったかというと、円高圧力が過剰に強かったため&米国経済先行き懸念で投資家が異常にリスク回避的になったため、というのが僕なりの説明。

非合理レートは、適正レートの10%くらいしか乖離しないとすれば、97~98円からしたら、89円くらいまではいく可能性がある。でも、そのうちもうちょっと円安の方に戻るんじゃないかな。もちろん、いまの世の中、不確実性がかなりでかいので、何があってどうなるかわからんけど。

ちなみに、95年4月に80円を割り込んだことがあったが、あれと同じくらいの異常なことがおきれば、僕の計算では、1ドル60円くらいまでいく可能性はある。(not 50円。∵95から98年にかけての日米の物価水準も考慮に入れないといけないから)
10-YEAR TREASURY NOTEとか見てみると、

http://finance.yahoo.com/echarts?s=^TNX#chart3:symbol=^tnx;range=1m;indicator=volume;charttype=line;crosshair=on;ohlcvalues=0;logscale=on;source=undefined

ありゃ、新年あけて利回りあがっとるがな。オバマ政権への期待の表れか。それとも経済主体も、危機に慣れてきたのか。慣れってこわいっすね。

historical data は以下で取れる。(テキストデータ)

http://www.federalreserve.gov/releases/h15/data.htm

http://www.ustreas.gov/offices/domestic-finance/debt-management/interest-rate/yield.shtml


cf)一口に米国債(Treasury securities)といっても、maturityの違いで名称が違う。いろいろ種類がありすぎて金融商品、おぼえられなーい。下手に素人が手を出すとふっとばされちゃいますね。

Treasury bill   :1month, 3months, 6months, 1 year
Treasury note :2, 3, 5 or 10 years
Treasury bond : from 10 years to 30 years


008.5.10(Sat)

リマからクスコへ移動。距離、約1000km。バスだと20時間とかかかるらしい。さすがに無理っす、一応ハネムーンだし、飛行機で移動。アンデス山脈を見下ろす機会はなかなかないっしょ。クスコは標高3600mくらいのところにあるので、高山病の薬を飲んでおく。まさか後々、自分たちが
高山病になるなんてこの時は思ってもみないのであった・・・。午後、観光ツアーに参加。英語が全然流通していないこの大陸で、久しぶりに英語を聞けて安心♪スペイン語&英語のバイリンガルツアーだったけどね。アルパカらしき動物をつれた原住民の方々に会う。まるでウルルン。地球一周してる感じがしてくる♪でも写真とっただけでチップ要求されちまった。

2008.5.11(Sun)

マチュピチュへ移動。クスコから100kmくらいの距離なのに、列車で4時間かかる。山中の道だからしょうがないか。あまり快適ではないが、わざわざ南米にきたお目当てはこれなので、我慢。列車のスタッフはとてもpolite。well trainedだなぁ、と感心。世界的観光名所だし、ちゃんとした人が配置されている模様。(あとで分かることだが、エジプトはひどい!!!思わず本気で切れて怒鳴り散らしてしまった。)マチュピチュ村に到着。マチュピチュ村は標高2400mくらい。ここからさらにバスで約30分、300mくらい上るとそこがマチュピチュ遺跡。ビユーティフォー。完全にラピュタ。絶景。感動したわ。

machu.JPG

machu2.JPG

夜、高山病におかされる。妻ぐったり。クスコのガイドさんが「マチュピチュは標高2400mくらいしかないから、高山病の薬なんかいらないよ」と言ったので、真に受けて薬飲まずにいったらひどい目にあった。標高3600mのクスコの住人の意見は無視するべきだった・・・。特に妻は二三日ぐったりしっぱなしだった。ハネムーン中で一番のトラブルはこのときの高山病だったかもしれない。



2008.5.12(mon)

高山病のせいで一日中ホテルで寝ていた。が、せっかくここまできたんだから、と根性でお土産を買おうとする妻。10分くらいしたら、フラフラしながら、なんか、アクセサリーを買ってきた。まさに執念。寝てればいいのに。夕方の列車でクスコに戻る。

2008.5.13(Tue)

クスコからリマに戻る。飛行機が、1時間くらいdelayed。でもみんな文句も言わず待ってる。日本だったらちょっと遅れたら大騒ぎなのにね。けっこうここまでハードスケジュールだったので、この日は一日、お休みの日に。近くのMetroってスーパーに買い物にでかけたくらい。



2008.5.14(wed)

この日もゆっくり一日をすごす。体調は、まだちょっと悪いし。日秘文化センターに遊びにいく。ペルーと日本の関係の歴史が書かれていた。日系ペルー人について勉強する。

2008.5.15(thu)

早朝3時くらいに起きて、ナスカの地上絵へ出発!がなんと、アクシデント発生。パンアメリカハイウェイで事故があったらしく、大渋滞。ってかなんで一車線しかないねん。そこ、せめて二車線ほしいとこでしょ、パンアメリカハイウェイなんだからさ。1時間くらい粘ってみるも、進む気配なし。早めの判断で、ナスカはあきらめることに。Uターンしてみると、すっげー渋滞。パンアメリカハイウェイって、砂漠のど真ん中を突っ切る道路なんだけど、砂漠のど真ん中で大渋滞。なんか、暴動とか起きそうな感じ。なぜこんなところでヒッチハイクしようとしている人がいるのですか?南米、わけわからなすぎてテンションあがる。ナスカよりある意味貴重な経験できたし、けっこう楽しんだ。

結局、リマに戻ってきて日秘文化センターでランチ。お味噌汁が飲みたいがために。

2008.5.16(fri)

コインランドリーへいく。21ソルもかかった。だいたい、800円くらい。こっちの物価水準を考えたら、相当高い。ちなみに、たぶんこれはぼられていない。昼は、ペルー料理。シーフード。美味。夕方、空港へ。いよいよ南米とおさらば。いざ、スペインへむけて大西洋を横断!


・・・続く。

------------------------------------------
いま思うと、僕達が帰国してから、インドでテロが起こったり、イスラエルがガザに侵攻して中東情勢が不安定になったり、NY発の金融恐慌になったり、いま地球一周していたら、相当なKYカップルだったかもしれん。昨年の比較的平和な時期に地球一周して、無事かえってこれて良かった。この経験は、いままの数あるpreciousな経験の中で、一番すばらしい経験だった。論文書くのも楽しいし、スキーも楽しいし、読書も楽しいけど、地球一周が断トツにすごかった。数十年後にリタイアしたら、もう一周いきたい。今度は全部ファーストとかで(笑)それに向けてがんばろー。








名著。科学者ならmust readだと思う。雰囲気としては、Cochraneが書いてくれたwriting tips for PhD studentsに近い。

p99の以下が強烈に印象に残った。

英訳論はともかくとして,ト思ワレル,ト考ラレルのレル,ラレルについての私の解釈が正しいならば、それは当否の最終的な判断を相手にゆだねて自分の考えをぼかした言い方である.理屈をいえば、ト思ワレルけれども自分はそうは思わない,ト考エラレルが自分の考えはちがう―という逃げの余地を残してあるのだ.<はっきり言い切る>たてまえの文書では,こういうあいまいな,責任回避的な表現は避けて,「自分は・・・・・・と思う」,「・・・・・・と考える」と書くべきである.

僕は、責任を回避した、あいまいで、回りくどい言い方をする日本の文化が悪いとは思わない。けれど、科学者が論文を書くときには、この文化は悪いと思う。主張は明快に、責任を持って、簡潔に述べるべきだ。

科学論文だけではなく、ビジネス文書においても、本書の心得は有用と思う。


すっげ勉強になったわ。というか、今までが憲法について無知すぎた。この本で得た知識をまとめておこう。

  • 法律が国民の自由を制限するものであるのに対して、憲法は国家権力(法律とか政府とか)を制限して国民の自由を守るもの。(see p33)
  • 憲法はどんなことがあっても、社会のために個人が犠牲になってはならないという価値観にたっている。(see p43)
  • 二重の基準の理論:精神的自由の規制に対する違憲審査基準には、民主政の過程の中では自己回復が困難だから、厳格な審査基準をつかう。経済的自由権の規制に対する違憲審査基準には、民主政の過程の中で自己回復がしやすいから、緩やかな基準を使う。
  • 「憲法の根本は、個人の尊厳にある」というのは間違い。憲法は、個人の尊厳と考えるべき、と述べているに過ぎない(see p85)
  • 人権と人権がぶつかったとき、調整するための原理を「公共の福祉」と呼ぶが、それは、全体のために個人が犠牲になるということではない。あくまでも、他の個人の利益のために、ある個人に我慢してもらうということ。個人の人権制限ができるのは、ほかの人権以外にはありえない。(see p105)
  • 個別的効力説をとると、事件ごとに違う判断になってしまう。それはまずいので、実際には、一度最高裁が違憲判断をすれば検察はその条文ではもう起訴しない。(see p208)
  • いまの憲法で危険なのは、事実上の軍隊があるにも関わらず、それをコントロールする条文がどこにもないこと(see p228)
このシリーズ、六法全部読んでみてもいいかな。素人にも分かりやすく書いてあるし。


うーん、残念だけど、あんまり読む価値はなかった。今まで読んだロジカルシンキング本の中で一番つまらなかった。新しく得た知識が特に無かった。失敗。

この本については、特に書くこともない。というわけで、読書感想はこれで終わり。
能力は、習慣によって磨かれると思う。だから、いかに習慣を味方につけるかを、いつも考えている。昨年あたらしく取り入れた習慣をまとめておく。

1.書類整理は野口悠紀雄の流儀
これは、『「超」整理法―情報検索と発想の新システム』を読んだ成果。一言で言えば、「分類は悪、書類はすべて時系列で整理せよ」。この方法に変えてから、書類を無くす気がしない。

2.メモ魔になる
これは、『情報は1冊のノートにまとめなさい 100円でつくる万能「情報整理ノート」 』を読んだ成果。一言で言えば「市販のA6の100円ノートに時系列にメモしまくれ」。記憶媒体を、自分のbrainからノートに移植することで、頭の中のスペースが広くなった気がする。

3.100円のスケジュール帳を使う
month単位の、一番薄っぺらいスケジュール帳を使うようにした。どんなポケットにも入る。見通しがいい。俯瞰が目的。細かいスケジュールは、2.で紹介したA6ノートに書きなぐる。

4.セカンドバックを持つ
成金みたいでいやらしい、とか言われたが、これちょー便利だわ。サイフ、ケータイ、ペン、名詞、スケジュール帳、ノート、カード入れ、文庫本などを常に持ち歩けるようになった。会社に行くときは、セカンドバックごとカバンに入れる。休日は、裸で持つ。持ち歩きたいモノをこの中で一元管理することで、お出かけ直前に「あれどこいった、ほらあれ」という時間的ロスも消滅。

5.lunch後の歯磨き
虫歯撲滅。100歳まで自分の歯で食事を楽しみたい。

6.ランニング
iPod+nikeで快適に走っております。これは10月下旬くらいからの習慣かな。新婚太り予防。今のところ体重は増えても減ってもいない。

7.通勤中にPodcastingのCNN
英語力を磨くために。4分くらいなので、ちょっと短すぎるかも。ほぼ毎朝聞いている。ネイティブでないので、英語力はいくら磨いても磨き足りない。


今年も、試行錯誤しながら新しい習慣を取り入れて、人生の質を向上させたい。現時点で漠然と「これどうしようかな」って考えていることをメモ。

  • brackberryのケータイ
  • addres帳の使い方
  • 最重要メモの保存方法
  • 読書スタイル
  • ゴルフ
  • 勉強会などへのコミットの仕方
  • 英語力の向上
  • 資産運用
  • 健康管理
  • 法律の知識を強化


このアーカイブについて

このページには、2009年1月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年12月です。

次のアーカイブは2009年2月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.21-ja