2008年3月アーカイブ
まさかの大学院進学で,経済学を修士課程までやってしまった.特に計量経済学はよく学んだ.計量経済学とは,統計的手法を用いて経済理論を評価する学問,と通常定義される.ただのデータいじりは「理論なき計測」であるとして嫌われる.この2年間計量経済学を学んだ結果,思うことがあるので,それについてメモを書こうと思う.
ビジネスの世界などで,よく「結論から考える,仮説思考」が重要と言われる.やみくもに突き進むのではなく,最初から「おとしどころ」を決めておいて,物事を進めるということである.突き進めて行くうちに情報が増え,最初は分からなかったことがだんだん分かるようになっていき,「おとしどころ」は若干修正される.とは言え,Aという「おとしどころ」を最初に決めておいたとしても,せいぜいA´に修正される程度であって,普通,いきなりZとかには修正されない.
つまり,「(柔軟に修正できる)結論ありき」で物事を進めていくことになる.では,最初にほとんど情報を持たない状態(これを「初期状態」と呼ぼう)で,どうやってこの「結論=おとしどころ」を決めるのか,というと,これはその人の過去の経験や根本的な価値観や勘といったところに依るのだと思う.これらの要素は「主観的判断」であり,通常,数値化しにくい.
さて,計量経済学に話を戻す.「計量経済学とは,統計的手法を用いて経済理論を評価する学問」という定義に従った場合,データを統計解析して「この経済理論はOK」とか「この経済理論はNG」とかいう結論を導きたいわけである.この検証作業で適用される統計的手続きはかなり高度に発達した科学的手法であって,一見,その結果導かれる結論は,かなり真理に近く思える.
...本当か?上記ビジネスの話と照らし合わせて考える.ビジネス上の意思決定だけに限らず,誰もがなんらかの「主観的判断」を下して意思決定を行っている.計量経済者もその例外ではない気がする.例えば,経済理論Aと経済理論BがあってAとBのどちらか正しいか,計量経済学で白黒つけたい,という状況を考えよう.仮にAという理論が支持されたと主張する論文があったとしよう.ところが経済学の世界だと,一方でBという理論が支持されたと主張する論文も存在していたりする.これはなぜか?計量経済学は高度に洗練された統計的手法のはずなのに,なんでこんなことが起こる?
計量経済学をある程度学ぶと,実はかなりいくらでも都合の良い結果を計量分析で導くことが出来る,ということがわかってくる.経済理論Aこそ正しい,という「主観的判断」を持っている計量経済学者がいたとしたら,その人は,意識的か無意識的か知らないが,とにかくこの「主観的判断」の影響を受けてしまう.その結果として,「経済理論Aこそ正しい」という論文を書いてしまう.書いてしまう,というか,書けてしまう.ここが計量経済学の問題.他方,経済理論Bこそ正しい,という「主観的判断」を持っている(ry
さて,ここまで書いたらジョークを一つ.
「計量経済学とは,自分が正しいと思う考え方をサポートするための道具」
ちょっと過激なジョークだけど,ある程度計量経済学をやった人なら,笑えるはず(笑えないw?).こういうジョークを思いつく時点で,現状の計量経済学には大きな問題があると僕は思う.真理の追求を掲げる現在の古典的計量経済学は,ぜんぜん真理に近づいていないんじゃないか,という危惧すら覚える.(でも,科学なんてみんなそんなもんかね...?)ベイジアンはその点,気楽だと思う.何せベイジアンは,「主観的判断を数値化して,事前分布として明確に計量経済分析に反映させます」という立場をとっているわけだから.
まだまだ計量経済学についての思うところはあるけど,今日はこの辺で.次は,「経済状態は不変」という計量経済学者の想定のおかしさについて触れよう(4月以降時間とれるかわからないけど).
ビジネスの世界などで,よく「結論から考える,仮説思考」が重要と言われる.やみくもに突き進むのではなく,最初から「おとしどころ」を決めておいて,物事を進めるということである.突き進めて行くうちに情報が増え,最初は分からなかったことがだんだん分かるようになっていき,「おとしどころ」は若干修正される.とは言え,Aという「おとしどころ」を最初に決めておいたとしても,せいぜいA´に修正される程度であって,普通,いきなりZとかには修正されない.
つまり,「(柔軟に修正できる)結論ありき」で物事を進めていくことになる.では,最初にほとんど情報を持たない状態(これを「初期状態」と呼ぼう)で,どうやってこの「結論=おとしどころ」を決めるのか,というと,これはその人の過去の経験や根本的な価値観や勘といったところに依るのだと思う.これらの要素は「主観的判断」であり,通常,数値化しにくい.
さて,計量経済学に話を戻す.「計量経済学とは,統計的手法を用いて経済理論を評価する学問」という定義に従った場合,データを統計解析して「この経済理論はOK」とか「この経済理論はNG」とかいう結論を導きたいわけである.この検証作業で適用される統計的手続きはかなり高度に発達した科学的手法であって,一見,その結果導かれる結論は,かなり真理に近く思える.
...本当か?上記ビジネスの話と照らし合わせて考える.ビジネス上の意思決定だけに限らず,誰もがなんらかの「主観的判断」を下して意思決定を行っている.計量経済者もその例外ではない気がする.例えば,経済理論Aと経済理論BがあってAとBのどちらか正しいか,計量経済学で白黒つけたい,という状況を考えよう.仮にAという理論が支持されたと主張する論文があったとしよう.ところが経済学の世界だと,一方でBという理論が支持されたと主張する論文も存在していたりする.これはなぜか?計量経済学は高度に洗練された統計的手法のはずなのに,なんでこんなことが起こる?
計量経済学をある程度学ぶと,実はかなりいくらでも都合の良い結果を計量分析で導くことが出来る,ということがわかってくる.経済理論Aこそ正しい,という「主観的判断」を持っている計量経済学者がいたとしたら,その人は,意識的か無意識的か知らないが,とにかくこの「主観的判断」の影響を受けてしまう.その結果として,「経済理論Aこそ正しい」という論文を書いてしまう.書いてしまう,というか,書けてしまう.ここが計量経済学の問題.他方,経済理論Bこそ正しい,という「主観的判断」を持っている(ry
さて,ここまで書いたらジョークを一つ.
「計量経済学とは,自分が正しいと思う考え方をサポートするための道具」
ちょっと過激なジョークだけど,ある程度計量経済学をやった人なら,笑えるはず(笑えないw?).こういうジョークを思いつく時点で,現状の計量経済学には大きな問題があると僕は思う.真理の追求を掲げる現在の古典的計量経済学は,ぜんぜん真理に近づいていないんじゃないか,という危惧すら覚える.(でも,科学なんてみんなそんなもんかね...?)ベイジアンはその点,気楽だと思う.何せベイジアンは,「主観的判断を数値化して,事前分布として明確に計量経済分析に反映させます」という立場をとっているわけだから.
まだまだ計量経済学についての思うところはあるけど,今日はこの辺で.次は,「経済状態は不変」という計量経済学者の想定のおかしさについて触れよう(4月以降時間とれるかわからないけど).
きのう大学院の学位授与式でした.安西塾長の式辞は(1)徳をつめ,(2)義塾で学んだことを誇りに思え,(3)未来への先導者になれ,の三つの話で構成されていました.学部の卒業式とは若干ちがった雰囲気で,なかなか良かったです.
タイトルに惹かれた&NHKプロフェッショナルの司会や『フューチャリスト宣言』などで有名な茂木さんの本,ということで読んでみた.茂木さんに好感をもった状態で読んだのだが,率直な感想は,「この程度の工夫,誰でもやってるはず」である.例えば,勉強するとき,五感をフルにつかったほうが有効だよ,とか.僕も暗記作業するとときは,一人になって読み上げて,読み上げた自分の声を聞いて(聴覚),手を動かして書いて(触覚),当然対象文字列を見て(視覚),というようなことをやっていた.単に目で見て覚えるより断然効果がいいが,そんなことみんな知ってるでしょう?あるいは,本を読むのがいいことだよ,とか.これも当たり前でしょう?または,夜より朝のほうが能率いいよ(寝ている間に脳が情報を整理するから,という説明はなるほどと思ったが)とか.それもみんな経験的に知っていることでしょう?あるいは,簡単すぎても脳は喜ばないし,難しすぎても脳は喜ばないので,ちょうどいいくらいの難易度の問題をやって脳を喜ばせてドーパミンを出せば効率よく学習できるよ,とか.これも,当たり前でしょう?
「学者とは,当たり前のことを,さもすごいことを言っているかのように言う人」というジョークを思い出した.
しかし,この本けっこ売れているらしい.ということは,こういうことを当たり前だと思っていない人が少なくないということか?しかし,こういうことが当たり前だと思わないまま大人になった人が読んだとしても,本書はあまり参考にならないと思う.本書の根底にあるのは,「勉強っておもしろい!だから,もっと勉強してもっと脳を喜ばせて,もっと知的好奇心を満たして,もっともっと楽しみたい!そのためには,もっと上手に自分の脳を活用したほうがいいよ!」というメッセージなのである.「勉強っておもしろい!いい学校に入りたいから,とか,いい会社に入りたいから,といったモチベーションではなく,単に楽しいからもっともっとやりたい!」という気持ちを著者は持っているが,誰もがそういう気持ちを持っているわけではない,ということを25歳の僕ですら経験的に知っている.この気持ちをもった人はみな,本書の内容を当たり前に感じるだろう.そうでない人は,そもそも「勉強のどこが楽しいの」と思うんじゃないだろうか.
このレベルの大衆本を書くならば,「実は勉強ってこんなに楽しいんだよ」といった趣旨の本を書いたほうが社会貢献になると思う.あるいは,「勉強って楽しい!」って思える人と,「勉強って嫌い」と思う人の差がどこからくるのかを説明してほしい.この差は先天的とは思えない.後天的なんだろうが,どういう系統的要因が有意に効いているんだろうか.家庭環境?学校環境?『脳を活かす勉強法』よりも,『勉強好きな大人の脳,勉強嫌いな大人の脳』みたいな感じのタイトルの本を書いて欲しい.
薄いし文字も大きめなのでさらっと読めてしまう.段取りが悪い人が周りにいてもし困ったら,これをオススメして読んでもらうのが良いだろう.自分で何か言うよりも効果ありそう.
内容は,当たり前のことばかり.例えば,関係各所の調整するとき「同意の場合は,返信しなくてけっこうです」と,デフォルトは同意に設定しておけば,期日までに「あそこからまだ返事がきてない」なんてことにはならないよね,とか.さらにこの場合,「同意じゃない場合のみ,ご連絡ください」と書くと角が立つので,「みなさまに手間を省いていただけるように,同意の場合は,返信しなくてけっこうです」のような書き方をしましょう,とか.あとは,常に余裕をもっておくことが大事,とか.人間は完璧じゃないという前提で,計画を立てましょうね,とか.
本書には,良い段取りは,おもてなしの精神が基本だと書いてあったが,まさにその通り.関係者には,気持ちよく仕事していただくために,おもてなしする気持ちで接しないと,頭の悪い段取りになってしまう,ということ.これが本書での一番大事なメッセージだと思う.
個人的には,pertという言葉を始めて知れたのが収穫だったな.社会に出る前にこの本に出会えておいて,よかった.
1ページ読み進めるのがもったいない,なにしろこの本はたった132ページしかないのだ,こんな風に思ったことはこれまで一度もないが,傑作とか名作とか呼ばれる名高い本というのは,きっとこういうものなのだろう.文章自体はおそらく子供の頃の読んだころがあるに違いない,ところどころストーリーが記憶にあったのだが,大人になってから読むと不思議なもので一味違った読後感が得られているように思える. 漱石の書く文章が小気味良く軽快で,しかもストーリー展開も天才的で読者に自然と読み進ませ不思議とあっという間に小説の中の時間が過ぎ去っていく.つい先刻まで子供だった坊ちゃんが気が付いたら大人になり就職し四国で教師になっていて,その間の時間の流れの滑らかさといったら吃驚仰天,まるで人間の一生の儚さを表現しているようにも思えるが,これを文章で書き表せている漱石を心底尊敬する.いまさらながら旧1000円札のあの人って偉人だったのかと気付かされる. ビジネス本やアカデミック本ばかり大量に読んで自分の脳味噌に知識を植えつけようとしてみたところで,結局こういう名著一冊を読んだほうが遥かに高い効用が得られるように感じる.と,今はこういう風に言いつつもどうせ今夜寝て明日にでもなったら,また話題のビジネス本を開こうとするに決まっている.人間なかなか変らないものとは分かっているが,これからは少しは意識して漱石などの文学作品もやろうと思う.とにかく25歳時点での自分に相当な影響を及ぼした一冊.
これ有名な確率の問題.
ちなにみ,この問題は,騙しでも詐欺でもなんでもない.単に,いかに人間の直感がいい加減なものか,ということを強調するのに良い例である,というだけ.
番組の司会者が、勝ち残った回答者たちに3つのドアのうちから1つを選んでもらう。1つのドアの向こうには、めざす賞品が隠れている。他の2つの背後に は、はずれの印にヤギが置かれている。回答者はまずドア1を選ぶ。すると司会者はドア3をあけてみせる。そこにはヤギが置かれている。さてここからがみそ だ。回答者には、もう一度変更のチャンスが与えられる。つまりドア1をやめて、ドア2に変更したいかどうか聞かれるのだ直感的に考えたら,変更してもしなくても,1/2の確率だよね,商品getの確率は.でも数学的には違うんだ.気が向いたら解説を書きます.このことを知らないと,この回答者は損をしちゃう.
ソース:わかる瞬間が楽しい「5分でたのしむ数学50話」@わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
ちなにみ,この問題は,騙しでも詐欺でもなんでもない.単に,いかに人間の直感がいい加減なものか,ということを強調するのに良い例である,というだけ.
小中高とずっと一緒だった友達に久しぶりに会ったら,半ば(というか完全に)笑いのネタにくれた本.いやぁ,まったく.もう20代半ばだというのに,まったくバカっぷりは変らないね.でもせっかくなので,読んだ自分も自分だが.
しかしこれがまぁ,けっこうよく書けている.ハゲをなんとかしたいという男性諸氏の気持ちを巧みについているので,ほほうと思いどんどん読んでしまった.が,最後まで読めば,うわなにこれリーブ21の宣伝本じゃん,ということに気付くのだが,そこがまた可笑しい.
まずはハゲるとどうなるか,という現状分析.いろいろと怖い体験談などが載っている.「娘が,ハゲの父親のせいでいじめられて,口をきいてくれない」とか.おぅ,恐ろしい.恐怖を煽っております.で,次に考えられる対策の列挙.カツラだとずれたりして怖いですよね,植毛は結局植えるだけですから・・・(略)・・・で,結局一番良い対策って,発毛なんですよ,ときたもんだ.ところで発毛って育毛とか増毛とかとは違うんですよ,と,発毛のよさをアピール.最後に,発毛で昔にようになるにはどうしたらいいか,ということをいろいろと.ここが可笑しくって,まずは環境を整えよう,たとえば健康的な食事をとろうだの,ストレスはよくない,タバコよくない,しっかり寝よう,みたいな,結局当たり前じゃん,ということが書かれてあって.で,さらにリーブ21で・・・というお話がでてきたところで,ようやく,「お,そういうことか」と思った.そしてそして最後に「毛が増えて,自信とりもどしました」みたいな体験談が出てくる.
まったく,本当によくかけた本だ.勉強になった.
元マッキンゼーのコンサルタントである著者が,中高生向けに「論理的に考えるとは,こういうことなんだよ」ということを書いた啓蒙書.平易な日本語で書かれてあり,著者の啓蒙しようとする意思が伝わってくる.この手の「ロジカルシンキング本」は,大概カタカナ英語のオンパレードなんだが,本書はこの点が他の類似本と異なり,大変好感が持てる.
MECEなんて言葉も出てこない.単に,「漏れもダブりもないように,項目を整理しよう」としか書かれていない.カタカナ英語の専門用語を出さないであまりに平易に説明されているので,「なぁんだ,こんなの当たり前じゃん」と思うかもしれないが,実際に論理的思考に基づいた行動を実行できている人はあんまりいない.だからこそ,コンサルタントに価値があるわけで.
中高生向けに書かれているけど,むしろ大人こそ読むと良いだろう.多くの大人は,論理的思考が苦手だから.「こんなの当たり前じゃん」と思ったら,論理的思考能力がすごく高いか,すごく低いかのどちらかもしれない.僕みたいに中途半端なレベルだと,「平易に書かれてるけど,こども相手に上手な啓蒙書だね」と思ってしまった.
高校生のときの自分に読ませたい.
昨年末から取り組んでいた,"Measuring the Intertemporal Elasticity of Substitution in Japan"という論文が,以下のページより,慶應COEのdiscussion paperとしてDownload出来るようになりました.
http://www.coe-econbus.keio.ac.jp/cgi-bin/newslist.cgi?page=koubo
僕は修士論文ではアメリカにおけるC-CAPMの妥当性についてGMM推定しまくっていたのですが,たまたま商学研究科の博士課程のNoda Akihikoさんが,「日本における異時点間の代替弾力性を推定して,その推定値を使ってシミュレーション分析して政策評価をしたい」という話をしていて,「そんじゃ,僕が大学院を去る前に最後に記念がてら,共同論文でも書きますか」という話になったのが,昨年12月.で,本当に数ヶ月で代替弾力性を推定しまくって,卒業前になんとかdiscussion paper作成までこぎつけました.試行錯誤の末,かなり良い推定値を得ることが出来ました.Nodaさんがかなりがんばってくれましたし.おかげで,12月と1月という修士論文の最後の仕上げの期間は,けっこう大変でしたが.
というわけで,修士課程にいる2年間で,
1)「市場効率性は時変する」ことを明らかにした"Measuring the Degree of Time Varying Market Inefficiency" (with Mikio Ito)
2)「アメリカでC-CAPMがうまくいかないのは,計量が悪いんじゃなくって理論が悪い」ことを整理した"Consumption CAPM in U.S." (written as my master's thesis)
3)「日本で,代替の弾力性に関しては,カリブレーションとかするときに使われている値に近い推定値を得た」"Measuring the Intertemporal Elasticity of Substitution in Japan" (with Akihiko Noda)
という三つ論文を書いたことになります.大満足.1)はいま某ジャーナルの査読中です,2)の修士論文については,まぁ博士に行くならばもっと気合を入れて加筆修正をしてからどこかに投稿しますが,修士で終えるので,このまま大学図書館に収容されて終わりかな.あ,これはdiscussion paper化されておらず,盗作されたくないので,ここでは公開しないことにします.3)の論文は,共著者のNodaさんがそのうち某ジャーナルに投稿すると言っていました.
それにしても,博士課程に行く人はこれからは今まで以上にたくさん論文を書かないといけないので大変だと思います.
http://www.coe-econbus.keio.ac.jp/cgi-bin/newslist.cgi?page=koubo
僕は修士論文ではアメリカにおけるC-CAPMの妥当性についてGMM推定しまくっていたのですが,たまたま商学研究科の博士課程のNoda Akihikoさんが,「日本における異時点間の代替弾力性を推定して,その推定値を使ってシミュレーション分析して政策評価をしたい」という話をしていて,「そんじゃ,僕が大学院を去る前に最後に記念がてら,共同論文でも書きますか」という話になったのが,昨年12月.で,本当に数ヶ月で代替弾力性を推定しまくって,卒業前になんとかdiscussion paper作成までこぎつけました.試行錯誤の末,かなり良い推定値を得ることが出来ました.Nodaさんがかなりがんばってくれましたし.おかげで,12月と1月という修士論文の最後の仕上げの期間は,けっこう大変でしたが.
というわけで,修士課程にいる2年間で,
1)「市場効率性は時変する」ことを明らかにした"Measuring the Degree of Time Varying Market Inefficiency" (with Mikio Ito)
2)「アメリカでC-CAPMがうまくいかないのは,計量が悪いんじゃなくって理論が悪い」ことを整理した"Consumption CAPM in U.S." (written as my master's thesis)
3)「日本で,代替の弾力性に関しては,カリブレーションとかするときに使われている値に近い推定値を得た」"Measuring the Intertemporal Elasticity of Substitution in Japan" (with Akihiko Noda)
という三つ論文を書いたことになります.大満足.1)はいま某ジャーナルの査読中です,2)の修士論文については,まぁ博士に行くならばもっと気合を入れて加筆修正をしてからどこかに投稿しますが,修士で終えるので,このまま大学図書館に収容されて終わりかな.あ,これはdiscussion paper化されておらず,盗作されたくないので,ここでは公開しないことにします.3)の論文は,共著者のNodaさんがそのうち某ジャーナルに投稿すると言っていました.
それにしても,博士課程に行く人はこれからは今まで以上にたくさん論文を書かないといけないので大変だと思います.
けっこう僕自身もいろいろな局面で,ITをいかに使えば効率を最大化できるかをよく考える.しかし,この著者に比べたら僕なんてまだまだ甘いな.とにかく,ありとあらゆるツールを使って,どうやったら知的生産効率をアップできるか,常に徹底的に考え続けているような人.そんな著者の経験に基づく効率アップのノウハウが,たった1575円で読めるのは,かなりお買い得.
ITの話ばっかりではなく,なんというか,生活テク満載.例えば昼食の時間をうまく使って,ランチミーティングで人脈を広げよう,とか.待ち合わせを本屋にすれば,わずかな待ち時間で読書できて一石二鳥,とか.読書できない移動時間は,(iPodとか使って)耳から情報を取るようにしよう,とか.酒タバコは脳を麻痺させて効率を下がるからやめたほうがいい,とか.体力が大事だから,健康的な食事とってちゃんと寝よう,とか.このように細かい効率アップをいくつも心がけているので,著者は毎日6~7時間寝ているけれど,毎月50~100冊くらいの本を読めているらしい.
当たり前のことが書かれているわけだが,ほとんどの人はこれらのほとんどを実践できていない.「効率アップ」,「自分をグーグル化する方法」という表現にビビっときた人は,must read.
うーん,正直どう感想を述べたらよいのかわからない.たぶん僕はこの本の想定読者層に入ってないから.
経済学の院生として述べると,著者の吉本佳生さんの名前も聞いたことないし,研究業績を見ても,海外学術誌に業績(英語論文)が一本も無い.なので,研究者としての著者は残念ながら一流とは言えない.が,本(日本語)はたくさん書いているようで,経済学の研究者というよりも,経済学の啓蒙者という感じか.そういう観点から本書を眺めると,経済学のことをまったく知らない一般人(主婦や高校生など)が主なターゲットなのだろう.タイトルもそれを意識してか,上手につけられている.
で,内容は,「コストと言っても,お金だけじゃなくって手間隙(=労力&時間)とかもあるんだよ」という(当たり前の)ことを何回も繰り返し述べている,という感じか.このことが軸にあって,その他の経済学の重要概念(比較優位,機会費用,規模の経済,範囲の経済,価格差別etc)がちらほら紹介される,という感じ.
スタバの話は,たくさんある章のうち,一つの章で扱われているに過ぎない.で,タイトルの意味するところは「スタバからしたらグランデ売ったほうがmarginal profitが大きいから儲けられるし,消費者からしたらコーヒーの単位当たり価格が安く買えるからグランデ買ったほうがお徳感が大きいね」ってことでしかない.
ある程度経済学を知っている人間は読んでも時間の無駄だと思う.しかし,日々の生活に直接関係あるトピックばかりを取り上げ,簡単な経済学を使って分析している本書を読んで「経済学って本来,もっと身近にあるべきものなんだよな」と思ってしまった.院生やってると数式と戯れているだけで現実経済から遠ざかってしまうので,この点は現実経済に目をちゃんと向けている本書はなかなか偉いなとも思う.それに,著者の洞察はあたり前のことばかりだけど,たまにけっこう深いなと思わされることもあった.
高校3年生の春休み(=大学入学直前)の自分に読ませたい.
修了発表見たら,ちゃんと修了できてました.「修論審査は通ったけど,単位不足」なんてまさかの失態もなく(笑),本当に卒業確定!
というわけで,Master's degreeげっと!そしてグッバイアカデミズム!
というわけで,Master's degreeげっと!そしてグッバイアカデミズム!
無事合格しました.審査といっても20分くらいの簡単な面接でしたが.
記念に内容をメモ.S先生が主査,M先生とI先生が副査で,まず最初に「修論でやったことを簡単に説明してください」ということなので,簡単に説明する.といっても,内容を先生方は3人とも大体知っていらっしゃるので,本当に簡単な説明.その後,適宜質疑応答.といっても,先生方とよくコミュニケーションをとってご指導をうけてきたつもりなので,あまり厳しいツッコミはなかった.
修論ではなかなか良い実証分析の結果が得られなかったので,「現実はやっぱり複雑ですね」と最後にこぼしたら,一同爆笑.そりゃそうだ.そんなことみんな分かってる上で試行錯誤して研究しているわけで.経済学者も大変だ.
まぁ,今まで受けた面接の中で一番和やかな雰囲気でした.とにかく,ホッとしました.
記念に内容をメモ.S先生が主査,M先生とI先生が副査で,まず最初に「修論でやったことを簡単に説明してください」ということなので,簡単に説明する.といっても,内容を先生方は3人とも大体知っていらっしゃるので,本当に簡単な説明.その後,適宜質疑応答.といっても,先生方とよくコミュニケーションをとってご指導をうけてきたつもりなので,あまり厳しいツッコミはなかった.
修論ではなかなか良い実証分析の結果が得られなかったので,「現実はやっぱり複雑ですね」と最後にこぼしたら,一同爆笑.そりゃそうだ.そんなことみんな分かってる上で試行錯誤して研究しているわけで.経済学者も大変だ.
まぁ,今まで受けた面接の中で一番和やかな雰囲気でした.とにかく,ホッとしました.
The Subprime Primer
タイトルがお上手ね.スライド8「Let's see what the smart guys are doing...」あたりを読んで,smat guysに騙されないよう気をつけよう♪と思いました.いや,ほんとに.自分の資産は自分で守るのだ.
あ,ちなみにこれはマンキューのブログで紹介されてた.MankiwやらCampbellやらの講義を受けられて,ここの学生はほんとに幸せね...
(参考)
『サブプライム問題について少し分かってきた気がする』
タイトルがお上手ね.スライド8「Let's see what the smart guys are doing...」あたりを読んで,smat guysに騙されないよう気をつけよう♪と思いました.いや,ほんとに.自分の資産は自分で守るのだ.
あ,ちなみにこれはマンキューのブログで紹介されてた.MankiwやらCampbellやらの講義を受けられて,ここの学生はほんとに幸せね...
(参考)
『サブプライム問題について少し分かってきた気がする』
